「いらっしゃいませ!!」
煌びやかな店内に、男性たちのハキハキとした声が鳴り響く。
数か月前にも来たはずなのに、初めて来店したときと同じようにビクンと身体が反応した。
私なんかじゃ場違いのような、少し恥ずかしい気持ちになる。
ユタカくんの背後に隠れて、ほかのホストたちと顔を合わせないように進んだ。
「ん?あゆちゃん、どうかした?緊張してる?」
そう言ってユタカくんは笑い、手をつないで席まで誘導してくれた。
フロアを歩いていると、他の席から女性客の視線を感じた。
ユタカくんはこのお店の売れっ子ホストだから、指名客が被っていてもおかしくない。
それなのにわざわざ私のために時間を使ってくれたんだ。
しかも今、こうやって手をつないで歩いてくれている。
全然店に来ない私に、こんなVIP待遇をしてもらっていいのだろうか。
色んな考えが頭の中をグルグルと駆け巡った。
「あゆちゃん、ここに座って」
連れて行ってくれたのはかなり奥まった席。
たぶん私に気を遣ってくれたんだろう。かなり恐縮しながら、席へ着いた。
「何飲もうか。指名料もかかるし、高いのはやめておこうね。あゆちゃんもキャバクラで働いてるしわかると思うけど、1杯ずつ頼むよりもボトルの方が安いよ。どうする?」
「う、うん。ユタカくんにお任せします」
「OK」
ホストクラブは2回目以降、かなり高くなるとどこかで聞いたことがある。
かっこよく「任せる」なんて言ってみたけど、ユタカくんが高いお酒を頼んで、会計が何十万とか言われたりしたらどうしよう……。
現金が足りなかったらカードで支払おうとは思うけど、正直不安だ。
しばらくして運ばれてきたのは、ボトルの鏡月だった。
おそらく、このお店で一番安いお酒。
「あゆちゃん、お酒そんなに強くないでしょ?これをチビチビ飲もう」
ユタカくんが高いお酒を頼むなんて、少しでも考えた私がバカだった。
彼はいつだって、私の気持ちを先読みしてくれるんだった。
「もう……もっと高いのでもいいんだよ?」
「本当?じゃあこれを飲み終わったらそうしてもらおうかな」
そんなことを言い合いながら、二人で乾杯。
ホストクラブにいるユタカくんも、私の知ってるユタカくんと同じ。
そう思ったら、一気に気持ちが緩んだ。
10分くらい話していると、スタッフさんがユタカくんに話しかけた。
どうやら別の席に呼ばれたらしい。
「あゆちゃん、ごめん。ちょっとだけ行ってくるから待ってて。僕の代わりにヘルプが着くから」
そう言って、ユタカくんは行ってしまった。
きっと私に見せるあの優しい笑顔を、他の女性にも見せているんだろう。
さすが、売れっ子は違うなぁ。
私なんて、指名客がいたらずっとその席に着きっぱなしなのに。
橋田さんとか……山本さんとか……。
「………う、おえっ」
山本さんを思い出した瞬間、激しい吐き気が襲われた。
ユタカくんがいなくなった瞬間、嫌な出来事が次々に思い浮かんでくる。
何も疑わず、シャンパンを飲み続けたこと。
気づいたら山本さんが私の胸をまさぐっていたこと。
園田さんに介抱されたこと。
私にはもう指名客がいなくなったこと。
もう何も思い出したくない。
気持ち悪い。
全部、気持ち悪い
私は段々と、意識が遠のいていった。
つづく