私はとても荒れていた。
セクハラを受けて精神的にショックを受けたことに加えて、
自分を指名してくれるお客さんがいなくなったからだ。
また待合室でひたすら営業する日々が続くと思うと、
どうしても気分が憂鬱になってしまう。
とにかく、誰かと話がしたい。
一人でいたくない。
そう思った私は、ユタカくんに電話をかけた。
2回目の着信音が鳴り始める前に、「もしもし?」とユタカくんが電話に出てくれた。
「ユタカくん、ごめんね電話して。今大丈夫?」
「うん。僕もあゆちゃんの声が聞きたいなって思ってたところだったんだ」
ユタカくんのやさしい声。心が温まるセリフ。そして息遣い……。
嫌な気持ちがどんどん浄化されていくようだった。
「大丈夫?あゆちゃん。もしかして、嫌なことでもあった?」
「うん……実はそうなんだ」
「そっか、やっぱり。声でわかるよ」
声を聞いただけで私の気持ちがわかるなんて、さすが私の王子様。
でも電話越しでは、大好きな王子様に触れることもできない。遠い。
「ユタカくんに会いたいな……」
そう呟くと、ユタカくんの息を呑む音が聞こえた。
しまった、めんどくさいと思われたかもしれない。
でも返ってきた言葉は、意外なものだった
「新宿に来れない?」
キュッと、胸が締め付けられた気がした。
そしてなぜか、目から涙があふれそうになった。
「いいの?」
「だって僕も会いたいもの。待ってる。着いたら連絡してね」
電話を切った後も私はしばらく放心状態だった。
私のワガママに、ユタカくんはまっすぐ応えてくれる。
この瞬間、私は間違いなく世界で一番幸せな女子だったと思う。
新宿駅の東口でユタカくんと落ち合った。
私を見つけるといつもの優しい笑顔を浮かべながら手を振るユタカくん。
その姿を見ただけで、私の心はポカポカと温まるようだった。
「あゆちゃん、大丈夫?電話だと辛そうだったけど」
「ユタカくんの顔見たら、嫌なこと吹き飛んじゃった」
「そう?とりあえずカフェにでも行こうか。ゆっくり話せるところ」
最近は私の家で会うことが多かったから、二人でカフェに行くなんて久しぶりだった。
ユタカくんは私の手を握り、カフェへと誘導してくれた。
着いたのは少しシックな、昔ながらの喫茶店だった。
どちらかというと年配のお客さんが多いようで、新聞を片手にコーヒーを飲む男性や買い物帰りの女性たちなどがチラホラといた。
「おなか減った?何か食べる?」
「うんっ!今日は仕事ないし、おなか一杯食べる!」
「ここはナポリタンがおいしいって有名だよ」
私はユタカくんのアドバイス通りナポリタンを注文。
ユタカくんはカレーライスとサンドイッチを頼んでいた。
「そんなに食べるの?」
「最近コンビニ飯ばっかりだし食い溜め(笑)。あゆちゃんの手料理が恋しくてたまらないよ」
「またいつでも来て」
「ありがとう」
食べ終わった後も、ユタカくんとずっと話をした。
最近あった失敗談や、新宿で見つけたおもしろいスポット、見たい映画……。
どれもくだらないことだったが、そんな日常会話がとても心地良かった。
私が電話で話した嫌なことについては、ユタカくんから聞き出そうとはしてこなかった。
私が話すのを待っているのか、私が話したくないのかもと気を遣ってくれているのか。
とにかく、ユタカくんがやわらかい癒やしの空気を作ってくれていると感じた。
ずっとずっとずっと、この時間が続けば良いのに。
でも、そんな私の願いは叶わないとわかっているんだ。
ユタカくんは、さっきから時計ばかり気にしているんだもの。
「ユタカくん、そろそろ仕事でしょ?」
「そうなんだよね」
楽しかったこの時間も終わり。
本当にあっという間。
また私は一人ぼっちの自分の部屋に戻らないといけないんだ。
「本当はもう少し一緒にいたい……」
自分の本音が、つい漏れてしまった。
慌てて「ウソ!大丈夫!」と笑いながらユタカくんを見つめる。
ユタカくんは少し考えながら、
「あゆちゃんが嫌じゃなければだけど…お店に来る?そしたら同伴になるから、あと1時間くらいゆっくりしていられるよ」
と言った。
お店。ユタカくんが働いているホストクラブ。
「……うん、行く。もうちょっとゆっくりしよ」
そう言った後、私の頭の中で園田さんの「絶対にホストに使うなよ」という言葉が響いた。
でもユタカくんが「やった!僕も一緒にいたかったんだ!」と言って喜ぶ姿を見て、すぐに聞こえなくなった。
つづきはこちら⇒第10話 久々のホストクラブ