「あゆちゃん!あゆちゃーん!起きて!」
激しく体を揺り動かされ、私は重くのしかかるまぶたをゆっくりと開けた。
目の前には園田さんがいた。
「ようやく起きた。もうお店はとっくに閉店してるよ」
周りを見ると、フロアには誰もいない。
時折、掃除をしているボーイが通り過ぎるくらいだった。
なんで私、こんなところで寝てるんだろう。
お店に出勤して、それでどうしたんだっけ……?
「あゆちゃんがこんなに酔っ払うの珍しいね。初めてシャンパンもらえたから?」
園田さんのその言葉に、あの時の悪夢が頭の中で繰り返された。
山本さんに体をまさぐられたこと。耳元でささやかれたこと。
その瞬間、吐き気を感じて手で口を押さえた。
「大丈夫!?トイレ!トイレに行こう!」
私は園田さんに連れられ、トイレに駆け込んだ。
便器にゲーゲー吐く私を嫌がるそぶりも見せず、背中をさすってくれる。
私の顔は、胃液と涙でぐちゃぐちゃだった。
「あゆちゃん……もしかして、なにかあった?」
その言葉に、私は大声を上げて泣いた。
園田さんは私が泣き止むまで、ずっと背中をさすってくれていた。
「事情はわかった。気づけなくて本当に申し訳ない!」
園田さんは私に深々と頭を下げた。
「園田さんのせいじゃないです。私が悪いんです。具合が悪いなって思っても、山本さんに言われるがまま飲んで、記憶を失っちゃって……」
「いや、きちんとチェックしてなかったボーイの責任だ。それに、悪いことを考えるお客さんもいるって、あゆちゃんにきちんと教えておくべきだった」
私は首を振って「大丈夫です、すみません」と謝罪を止めた。
事前に教えてもらっていたとしても、私はきっと山本さんの機嫌を損ねないよう、言われるがまま飲んだ気がしたから。
「とりあえず、山本さんは出禁にするよ」
園田さんの答えはシンプルだった。
キャバクラは、女の子の体を触る場所じゃない。
女の子に迷惑をかける客は、この店にはいらない。
それは、本当にそのとおりだと思う。
でも、私の頭の中には違う考えが浮かんでしまった。
『自分の指名客がいなくなってしまう』
山本さんはハッキリ言って、私の唯一の太客だった。
彼を出禁にすると、またお店で肩身の狭い思いをしなければならない。
園田さんは私の考えを察したかのようにこう言った。
「大丈夫。あゆちゃんなら、もっといいお客さんが掴めるよ」
私は半信半疑だったが、園田さんに従うことにした。
もう、あんな嫌な思いをするのはもう二度とごめんだから。
つづきはこちら⇒第9話 ユタカくんの優しさ