「お疲れ様でしたー」
「お疲れ様、明日もよろしくね~」
お店が閉店してからは、みんなそそくさと帰り支度をする。
アフターへ行く、そのまま徒歩で帰宅する、ドライバーに送ってもらう……。
女の子によってそれぞれ違う。
私は………
家に帰っても一人ぼっちだし、明日はオフの日。
漫画喫茶にでも行って時間をつぶそうかな~と思いながら店を出ようとした。
「あゆちゃん、待って!」
振り返ると、園田さんが立っていた。
それを見て、フロアに行く前に園田さんが私に何か言おうとしていたことを思い出した。
「あ、園田さんごめんなさい!忘れてました。私に何か用事が?」
「うん、まぁ……今日はこの後どこか行くの?」
「あー漫画喫茶とかに行こうかなぁ~って思ってました」
そう言うと、園田さんはいきなり笑い出した。
私は何がなんだかわからず、「え?何?何ですか?」と問いかける。
「いや、ごめんごめん。てっきりホストに行くのかと思って…」
「ホスト?あ、ユタカくんのところですか?」
すると、いきなり園田さんの目が真面目になった。
「あゆちゃん。ユタカくんとはどういう関係なの?」
「え………?」
私とユタカくんの関係。
ユタカくんは、何もない私に声をかけてくれた。
やさしく微笑んでくれた。
お仕事を紹介してくれた。
抱きしめて、キスをしてくれた。
特別だよって、言ってくれた。
「ユタカくんは、私にとって大切な人です」
そう言うと、園田さんは困ったように頭をかき始めた。
「俺が聞いているのはそうじゃなくって…、ユタカくんのお店には行ってるの?」
ユタカくんのお店は歌舞伎町のホストクラブ。
初めて会ったその日、「お金はいらないから」と誘ってくれた。
「一度だけ行ったことがあります」
「一回しか行ったことないの?誘われたりしない?」
「いえ、特に……、ユタカくんはうちに来てくれるし」
しまった!と思った。
キャバ嬢である以上、ボーイさんにも男性の影を匂わすのは良くないと思ったからだ。
でも園田さんは私をたしなめるでもなく、考えこんでいる様子。
「うーーーーん、お金を要求されたりとかもない?」
「そんなこと一回もないですよ!」
「そうかぁ……じゃあもしもユタカくんにお店に来てって言われたり、お金を要求されたりしたら教えてくれる?」
園田さんは、私のことを心配してくれている。
そりゃそうだよね、まったくの素人の私がホストに紹介されてキャバクラに入店したんだから。
ホストクラブに通い詰めて借金してる…って思うのが普通だ。
「ご心配、ありがとうございます。でも大丈夫ですよ。ユタカくん、やさしいから」
安心させようと思って言った言葉だが、園田さんの表情はますますこわばっていった。
私は慌てて次の言葉をつなげようとしたが、それよりも先に園田さんが口を開いた。
「あゆちゃん、君は何でキャバクラで働いているの?どうしてお金を稼ぎたいの?」
私が質問の意味を理解しようと数秒間が開くと、矢継ぎ早に次の言葉が続いた。
「生活のためなら前やっていたスーパーのバイトでもどうにかなっていたよね?でも君は今、普通の会社員よりもたくさん稼いでいる。なんでそんなにお金が必要なの?」
確かに、キャバ嬢になる前も底辺な生活だったけど生きてはいられた。
それにレジ打ちの時よりも今の仕事が楽かって言われたら、まったくそんなことはない。
むしろ性を売り物にしている自分に対して、自己嫌悪になるばかりだ。
でも、それでも。ユタカくんに薦められたから。
「かわいい」って言われたのがうれしかったから。
黙っているのが答えだと感じたのか、園田さんは私の頭をぽんぽんとやさしく叩きながら
「お金を稼ぐ理由になる夢や目標を持った方がいい。もちろん他人のためじゃない、自分のためだけの目標だ。また聞くから、その時に答え聞かせて。」
そう言って、園田さんはお店へ戻っていった。
「夢や目標かぁ……」
そんなもの、考えたことなかった。
生きるので精一杯だったから、考える余裕もなかった。
でも私は今、しっかり稼げる仕事もあるしユタカくんもいる。
園田さんみたいに心配してくれる人も少なからずいる。
なんだかじんわりと胸が熱くなった気がした。
つづきはこちら⇒第4話 私の夢、見つけた