小さい頃、ママが読んでくれるおとぎ話が大好きだった。
お話にはいつもお姫様が登場して、
辛いことや悲しいことがあったとしても頑張って乗り越えて、
最後は大好きな王子様と結ばれてハッピーエンド。
「それからお姫様は王子様と、末永く幸せに暮らしました」
そう言って本を閉じると、
ママはいつも微笑んで私の頭を撫でてくれた。
そして決まってこう言うの。
「あゆちゃんにはきっと王子様が現れるわ。
強くてかっこよくて、あゆちゃんを守ってくれる王子様が。
王子様が現れたら、絶対に繋ぎとめておかなきゃダメよ」
うん、わかったよ。ママ。
あゆちゃんに王子様が現れたら、絶対に離さないよ。
ずぅっと、あゆちゃんのそばにいてもらうからーーーーーーー。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ピピッピピッピピッ……
目覚ましの4度目の音が鳴る前に、私は目覚ましのスイッチを切った。
いつもだったら乱暴に目覚ましを止め、また鳴り始めるまで二度寝してしまうところ。
でも、今日は違うの。
なぜなら大好きなユタカくんが私の部屋に泊まりに来ているから!
私はユタカくんを起こさないよう、そっとベッドを抜け出してキッチンへ。
彼が目覚める前に朝ごはんを作ろうと準備を始めた。
………朝ごはんと言っても、実はもう午後2時なのだが。
でも私とユタカくんにとっては、これが朝の時間なのだ。
今日の朝食は、トースト、目玉焼き、コーンスープ、サラダ。
軽食だけど二日酔いの私たちにはこのくらいがちょうどいい。
トーストが焼けたところでユタカくんが起きてきた。
「あゆちゃん、おはよう!ご飯作ってくれたの?」
「おはよう!うん、簡単なものだけど」
「十分だよ!食べよー」
そう言って彼は自分でお皿を出してくれ、トーストにバターを塗り始めた。
何も言わなくても自分から準備を手伝ってくれる彼をみて、改めて「好き」と心の中で呟く。
大好きな人と一緒に食事をする。
これがこんなに愛しい時間だなんて、最近まで気づかなかったなんて。
私は幸せを噛み締めながら、トーストを口にくわえた。
ユタカくんがバターを塗ってくれたからか、いつもより何倍もおいしく感じる。
「あ、僕が半熟好きなの覚えててくれたんだ?うれしい!」
「この時間にしっかりご飯を食べるの久々だから染みるな~。ありがとう」
ちょっと大げさってくらい、感謝の気持ちを言葉で伝えてくれる。
私の王子様はとてもやさしくて、いつも心があったかくなる。
「あ、そういえばあゆちゃんは今日同伴あるの?」
せっかくの幸せ気分が、その一言で現実に引き戻された。
「………うん、19時に待ち合わせしてる」
「そっかぁ~、こっちは18時から。あと2時間ちょっとしたら出なきゃ」
あと2時間でこの幸せな時間が終わる。
そう思うと、私のあたたかな心がどんどん冷え切っていくのを感じた。
「今日はユタカくん、うちに帰ってくる?」
「いや、朝までアフターだから無理かな。来週は締め日だし、そんなに来られないと思う。ごめんね」
同伴、アフター、締め日……。
どんどん現実に引き戻される言葉が出てきて、さらに憂鬱になった。
私の王子様、ユタカくんは歌舞伎町の売れっ子ホストだ。
そして私はつい最近キャバクラに入店した新人キャバ嬢。
もともと私はスーパーでアルバイトをしているフリーターだったのだが、
「あゆちゃんはかわいいから、絶対にキャバ嬢になった方がいいよ」
とユタカくんに誘われ、言われるがまま紹介してもらったお店に入店した。
そう聞くと、誰もが『カモられてるじゃん』って思うかもしれない。
でもそれはまったくの誤解だ。
キャバ嬢になって1ヶ月経ったが、ユタカくんはホストクラブへ連れて行こうとしない。
むしろ前よりもうちに来る頻度が増えて、一緒にいる時間が増えた。
「あゆちゃん、そんな顔しないで。来月になったらまたいっぱいここに来るから。あゆちゃんは特別だからね」
そう言ってユタカくんは私をぎゅっと抱きしめてくれた。
あゆちゃんは特別だからーーーーーー。
それってどういう意味だろう。 ユタカくんは私の王子様。
そしてユタカくんにとって、私はお姫様ってことかな?
私のその疑問に答えるかのように、ユタカくんはやさしくキスをしてくれた。
つづきはこちら⇒第2話 キャバ嬢という仕事